犬の心臓病の治療は、基本的には
内服薬投与による対処療法を行うのが
一般的です。
症状に合わせて複数のお薬を併用して
継続することで心臓の働きを補助して
楽にしてあげ、さまざまな症状を改善、
軽減させる治療になり、悪くなった心臓を
治すための治療ではありません。
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心臓病の根治のためには外科手術が
必要になり、人では当たり前に行われて
いますが犬の場合にはまだまだ一般的では
ありません。
ただ、犬の心臓病の中で一番多い
『僧帽弁閉鎖不全症』においては手術が
可能で、限られた施設においてですが
手術が行われています。
心臓病は呼吸困難や苦しい咳を伴います
ので見ているのも辛いですし、治せるもの
なら治してあげたいですよね。
ただ、やはり心臓手術には危険性も伴い
ますし、また僧帽弁閉鎖不全症の犬の
すべてが手術適応になるわけでもありません。
ですから、手術が必ず良いと言えるもの
でもなく、メリットもあればデメリット
もあります。
そこでこちらでは、犬の心臓病(僧帽弁
閉鎖不全症)の手術法やリスク、成功率や
予後、費用などについてまとめてみました
ので参考にしてください。
<犬の僧帽弁閉鎖不全症の手術とは>
犬の代表的な心臓病である
『僧帽弁閉鎖不全症』は、
心臓の左心房と左心室の間にある弁
(僧帽弁)が変性し、完全に閉じなくなる
(閉鎖不全)病気です。
僧帽弁は血液を全身に送り出す左心室と
その前に血液をためておく左心房の間の
逆流を防止するための弁です。
出展:http://www.apinac.jp/
この僧帽弁が変性(断裂)を起こし、
完全に閉じなくなると、
*左心室から体に送りだす血液の一部が
左心房へ逆流→左心房が拡張
*心臓から送り出される血液量が減少→
心臓や肺で血液の流れが滞る(うっ血)
という状態が起こります。
この状態が長く続き、進行してくると
慢性心不全となり、
*食欲不振
*運動を嫌がる
*疲れやすい
*ふらつく
*倒れる
*咳が出る
*呼吸困難
などの症状が見られるようになります。
一般的な内科的療法(対処療法)では、
さまざまな薬の投与によって症状の改善や
軽減、また心不全の進行を遅らせることを
目指すもので、変性した僧帽弁の変性は
治せません。
そして、内科的療法でできることには
限界もあり、完全に悪化を防ぐことは
できません。
また、内科的療法ではおおよそ80%が
2年以内に悪化、もしくは亡くなってしまう
というのが現状です。
僧帽弁閉鎖不全症の手術は、変性した僧帽弁
を修復、再建することによって機能を回復
させ、症状を改善させるためのものです。
(ただし、変性した弁が元通りに戻るわけ
ではありません。)
<犬の僧帽弁閉鎖不全症の手術法>
動物医療で行われる僧帽弁形成(修復)術は、
変性(断裂)によりダメになった弁を縫合
する手術法です。
(人の医療で行われる人工弁を使った
置換術などは行われていません。)
僧帽弁は2枚の弁尖が開閉することで
機能していますが、弁尖や弁輪の変性に
よる弁輪部の拡大、腱索(弁尖を左心室側から
引っ張っている腱)の緩みや断裂などにより、
構造が崩れてしまうことで逆流が生じます。
出展:http://www.lab.toho-u.ac.jp/
この崩れた構造を、針や特殊な糸を使って
再建するための手術です。
状態にもよりますが一般的には、
『弁輪縫縮術と腱索再建術』が行われます。
『弁輪縫縮術』
直接弁輪を縫って、弁のサイズを縮める
ことで拡大、変形した弁輪を正常な形状
に戻します。
『腱索再建術』
ePTFEという人工腱索の特殊糸を
使って、腱索を再建します。
これらがうまく行けば僧帽弁の構造を
保つことができるので、血液の逆流を防ぎ、
さまざまな症状の改善が期待できます。
手術は、開心術(心臓を切開し手術)と
なり、心臓を一旦停止する必要があるため、
人工心肺装置を使って体外循環のもと行われます。
出展:http://www.adachi-ah.com/
『人工心肺装置(体外循環)』
人工心肺装置は、一時的に心臓と肺の機能
を代行する医療機器です。
全身から戻ってくる血液を、大静脈に入れた
「脱血管」から、一旦体の外(心臓の役割を
するポンプ)に導きます。
そのポンプでは、肺での呼吸と同じように
血液から二酸化炭素を排出、そして酸素を
得るために「人工肺」に静脈血を送ります。
人工肺で酸素化された血液は、大動脈に
つながれた「送血管」から全身に送られます。
この「人工心肺」によって、自分の心臓~肺
を血液が通過する事なく、全身の血液循環
を保つ事が出来ます。
『心臓の拍動を止める』
人工心肺から大動脈に送った血液が、心臓に
血液を供給する「冠動脈」に流れていかない
ように大動脈を遮断、これによって心臓の
筋肉を酸欠状態にして、心停止の状態にします。
【手術の流れと所要時間について】
おおまかな手術の流れは以下のようになります。
*静脈注射による鎮静
↓
*全身麻酔(気管チューブ挿管、吸入麻酔)
↓
*各モニター装着
↓
*毛刈り、消毒など
↓
*体外循環用のカテーテル挿入、留置
↓
*開胸(手術開始)
↓
*心停止、体外循環開始
↓
*僧帽弁形成術
↓
*人工心肺装置停止、離脱
↓
*閉胸(手術終了)
↓
*麻酔覚醒
僧帽弁の状態や術者によっても手術に
かかる時間は少し異なりますが、実際に
人工心肺装置を使っている時間は
2~3時間(心停止は約90分)です。
手術に入るまでの麻酔~準備などが
約1時間程度かかりますので手術終了まで
早くても3~4時間となります。
その後、麻酔が完全に覚めるまでには、
1~2時間程度かかります。
術後の入院期間は状態にもよりますが
順調であれば5日~1週間程度です。
【術後の経過や予後】
手術が成功すれば、術後すぐに心臓の機能は
改善されています(僧帽弁の逆流がなくなる)
ので、それに伴いさまざまな症状も時間と
共に軽減(または消失)していきます。
術後は安静が必要ですが、退院できる
状態になれば特別な安静も必要なく、
激しい運動さえ避ければ普通に生活できます。
手術前の状態によっても変わりますので
退院後も数週間~数ヶ月は定期的に診察や
検査を受ける必要があります。
根治に近い状況までになっていれば
その後は、お薬も必要なく、散歩や運動など
普通に元気に過ごせます。
また、完全にお薬をやめることはできなく
ても、手術前のような症状(咳や呼吸困難)
は改善(軽減)しますので楽に生活させてあげる
ことができます。
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<手術のメリット・デメリット(リスクや成功率など)>
僧帽弁閉鎖不全症の手術は、成功すれば
寿命まで生きることも可能で、健康な子
と同じように元気に過ごせることもあります。
しかし、手術にはリスクも伴います。
基本的に何の手術でも全身麻酔のリスク
は伴うものですが、特に心臓疾患がある場合、
危険性は高くなります。
犬の全身麻酔のリスク!体の負担や副作用,後遺症や死亡率など!
ただ、当然ですがリスクが高いと判断
された場合には手術は推奨されません。
(年齢にもよります)
また、リスクを少なくするために
手術前にある程度お薬で状態を落ち着けて
から・・など成功率を高めるために最善
の方法が検討されます。
【手術のメリット】
*根治の可能性がある
*お薬が必要なくなる(もしくは減らせる)
*症状が軽減(もしくは改善される)
*寿命まで生きれる可能性がある
(元の僧帽弁の状態や手術を受けたときの
ステージにもよる)
【手術のデメリット】
*手術のリスクが高い
*費用が高額
*手術を行う施設が少ない
【手術の成功率について】
手術の成功というのは、元の僧帽弁の状態
にもよりますので完全に機能を改善させる
のは難しい場合もあり、ただその場合でも
手術前に比べ大幅な改善が見られ、無事に
退院できれば成功となります。
(その辺りは手術前に詳しく説明があります。)
そして現在、日本で行われている
僧帽弁形成術の成功率は90~95%です。
失敗という状況では、
*全身麻酔から覚醒せず、そのまま亡くなる
*手術後に呼吸不全などで亡くなる
*人工心肺装置から離脱できない
*手術後にも僧帽弁の機能改善が見られない
などが考えられますが、動物医療に
おける心臓病の手術としては、現在は高い
成功率を誇っていると言えます。
<手術費用>
犬の僧帽弁形成術の費用は、動物の
医療費の中でも最も高額です。
人工心肺装置は一式揃えると1,000万円
は超える価格の医療機器です。
そして、獣医師なら誰でも行えるという
手技ではありません。
手術の技術自体もそうですが、手術中の
麻酔管理から手術後まで徹底した集中管理
が行えるための環境を整える必要があります。
さまざまな機器だけでなくスタッフなども
そうです。
ですから、一般的な個人病院で行える
手術ではなく、大学病院や心臓(循環器)
専門の病院、高度な二次診療病院など
わずかな施設でしか受けることができません。
そのため、高額になるのはしょうがない
と言えます。
現在の動物医療では、基本的に全額負担
になりますし。
(各社のペット保険に加入している場合
には、条件によって還付もありますが
それでも実質高額です。)
【犬の僧帽弁閉鎖不全の手術にかかる費用】
*初期検査費用:5万円~8万円
*手術:120万円~140万円
*入院費用(退院までにかかる費用):20~30万円
全部でおおおよそ150~200万円弱の費用
がかかります。
(病院によっても多少異なります)
ペットにかける医療費は、飼い主さんに
よってもそれぞれですし、色々な考え方
があると思いますので一概には言えません
が、正直に言って高いですよね・・。
ただ、家族の一員・・例えば子供だと
思えば何が何でも捻出する金額でしょう。
今は、ペットに対する認識が高まって
きていますし、少子化などの影響から
ペットにお金をかける家庭も増えてきて
いるのは事実です。
我が子のように愛情を注ぐ方も多いですし、
求められ、需要があるからどんどん動物医療
も高度に進歩してきています。
医療費が高くなるのはある意味必然なの
かもしれません。
逆に言えば、もっと心臓病の手術が一般的に
なってくれば、手術費用も安くなってくる
のでは?と期待したいですね。
<まとめ>
高額の費用や手術を行える施設が限られて
いることから、犬の僧帽弁閉鎖不全症の
手術はまだまだ一般的ではなく、実際に
手術を受けられるワンちゃんは極わずかです。
年齢やステージ(進行度)にもよりますので
手術の是非については一概には言えません
が、内科的療法(投薬治療や食事療法など)
は、あくまでも対処療法であり、長く
生きることは難しいです。
また、お薬で抑えられる症状にも限界が
ありますので、進行すればするほど
日常的に咳や苦しさを抱えて過ごさなければ
ならない病気です。
末期に見られる肺水腫はとても苦しい
ものです。
また、元気そうに見えても急変して
突然死してしまう可能性も高い病気です。
僧帽弁閉鎖不全症の愛犬と暮らす飼い主
さんにとっては、そんな不安も常に
持ち続けなければなりませんし、苦しい
姿の愛犬をずっと見ていなければなりません。
そして、その状況から救われるためには
手術しか方法はないと言われたら・・・
非常に難しい決断になりますよね。。
ただ、個人的な意見としては、
*年齢が若い(12歳以下)
*お薬を飲んでも症状の改善が見られない
などの場合で、手術適応(手術ができる状態)
であれば受けさせたいなと思います。
年齢に関しては、今は犬の寿命も年々
伸びていますから16歳以上生きる子も
増えてきていますので、残りの寿命も
考慮に入れ、楽に過ごさせてあげたいと
思えば13~15歳でも手術を検討するべき
だと思います。
(もちろん獣医師と良く相談する必要があります)
いずれにしろ、手術をするのであれば、
あまり進行していない状態(ステージC
まで)がベストです。
末期になってしまうとさらにリスクが
高くなりますし、すでに手術が受けられない
状況になってしまうこともあります。
犬の心臓病(僧帽弁閉鎖不全症)ステージ分類で見る症状や治療法!
悩むのは当然ですが、悩んでいる間にも
病状は進行してしまいます。
いよいよとなって手術をするよりも
リスクが低いうちに決断できるといいですね。
もし、手術を検討されているのであれば、
まずは専門の施設で精密検査を受けて
詳しく説明を聞いてみるのが一番だと思います。
愛犬の体の状態、心臓の状態、手術を
しない場合に考えられる経過や可能性、
手術をした場合の経過や予後、リスクなど
を飼い主さんがしっかりと理解することからです。